【小説・SF】『嘘と正典』小川哲―共産主義をなかったことにする方法【直木賞候補】
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『嘘と正典』小川哲 / 早川書房
⇧2019年9月19日発売。
文庫版はまだありません。
第162回直木賞候補作にノミネートされました。
<共産主義をなかったことに>
この本は短編集です。
6つの話が収録されています。
タイトルは『魔術師』『ひとすじの光』『時の扉』
『ムジカ・ムンダーナ』『最後の不良』『嘘と正典』です。
この記事では表題作『嘘と正典』を紹介します。
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物事には良い面と悪い面があり、一概に「存在しなければよかった」とは言い切れないものです。
しかし人は、自分の信奉している価値観と対立するものに対しては、「存在しなければよかったのに」と考える時があります。
たとえば自分の信じる価値観を他人に押し付けてくる人が目の前にいれば、「面倒な奴だな。コイツの信じる価値観なんて存在しなければいいのに」と思ってしまうわけです。
もちろん頭で考えているだけならばどんな危険思想でも構わないわけですが、それをもとに行動したりする人間や集団がいたりすると、誰もが警戒するでしょう。
何を危険思想とするかもまた個人の価値観によりますが、基本的に自分の信念と対立する主義・思想を人は危険視するものです。
冷戦時代のアメリカ諜報員にとっての危険思想は、もちろん「共産主義」でしょう。
当時、数多くの優秀な人員を投入したのに諜報活動は失敗続きで、CIAの上層部は共産主義を過大評価しすぎて妄想に囚われていました。
「KGB(ソ連国家保安委員会)が情報戦略でアメリカのはるか先を行っているから、CIAの作戦がことごとく失敗しているのだ」という妄想です。
現場で活動する諜報員たちには肌感覚でそうではない事が分かっていましたが、CIAの上層部は現場の意見を聞き入れません。
そして上層部がどれだけビビッていようとも、部下たちはその命令には従わないといけません。
この小説では、アメリカの諜報員が「共産主義なんてなかったら、こんなに振り回されて多くの仲間を死なせずに済んだのに」と嘆きます。
そしてその方法が突如、目の前に現れるのです。
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<あらすじ>
主人公はCIAモスクワ支局で働く工作員・ジェイコブ・ホワイト。
彼はGRU(ソ連国防省参謀本部情報総局)局長のコロボフから、トリビシ(グルジアの首都)でソビエト空軍のレーダーに関する書類を密かに受け取る予定でした。
しかし直前になってCIA長官のターナーから作戦中止命令が下されました。
ターナーは以前より、モスクワ支局の活動を停止したがっていました。
ウォーターゲート事件とベトナム戦争によってCIAの活動規模は縮小されました。
そしてモスクワ支局のオフィスも入っているアメリカ大使館で起きた火災が、活動停止の決定打になりました。
「KGBがマイクロ波で遠隔火災を引き起こした」というウワサを聞いた上層部が狼狽したからです。
何年も計画を慎重に進め、せっかくあと少しでソ連の機密事項を入手できる段階までこぎつけたホワイトは意気消沈します。
モスクワ支局が活動停止していたある日、支局長の車に手紙が投げ込まれました。
それはソ連の何者かが情報提供をしたいという内容でした。
KGBの罠かもしれないと疑うCIAは、その人物のいうことを結局無視します。
しかし再び手紙が届き、今度は本名、仕事、住所まで書かれていました。
疑心暗鬼だったCIAでしたが、これはもう罠ではないだろうと判断し、その人物とコンタクトを取ろうとします。
手紙を送った人物の正体は、モスクワ電子電波研究所で上級エンジニアをしているアントン・ペトロフでした。
彼は高圧の静電加速器を使った反重力場の生成の研究をしていましたが、偶然にも電子を過去に放出すればメッセージを送れることに気付きました。
つまり「現在➡過去」という一方通行の時空間通信です。
ペトロフは以前より、ソ連の政治や研究所の非合理性に強い不満を持っており、自分の研究成果を有効活用できるのは現在のソ連よりも、合理性を重視するアメリカだと信じるようになっていました。
ペトロフと接触したホワイトは、その時空間通信の話も聞かされました。
初めは信じられなかったホワイトでしたが、徐々に証拠を示されていく内に信じるようになります。
そしてその技術を使えば、過去の重要人物にメッセージを送って、共産主義をなかったことにできるのではないかと気づきます。
つまりマルクスとエンゲルスによって書かれた『共産党宣言』が世の中に存在しなかったら、共産主義が広まってソ連という国が作られることもなかったわけなので、その本が生まれるのを阻止すれば共産主義を潰せるというわけです。
その方法とは、過去にエンゲルスが無罪判決を出した裁判で有罪判決を出すというものです。
エンゲルスが収監されてしまえば、共著が生まれなくなるからです。
果たしてホワイトは、共産主義をなかったことにできるのでしょうか。
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<まとめ>
ジャンルとしては、「歴史改変SF」の一種です。
普通の「歴史改変SF」では、すでに史実から一部変更された設定下で主人公たちが活躍するわけですが、この小説では歴史を変えるために諜報員たちが暗躍します。
『共産党宣言』の著者の一人であるエンゲルスは若い頃、エルメン・アンド・エンゲルス紡績工場の跡取りでありながら、ライバル工場を襲撃した疑いで裁判にかけられています。
しかし彼のアリバイを証明する一人の証言者の存在によって無罪になりました。
逆に言えば、その証言者がいなければ有罪になっていた可能性が高いということです。
つまりその証言者に証言をさせなければ、エンゲルスを有罪にできます。
ホワイトはこの証言者に証言をするなとメッセージを送るわけです。
ニュートンがいなくても万有引力の法則はいずれ誰かに発見されていたでしょうが、
マルクスとエンゲルスがいなければ『共産党宣言』が生まれることはなかったでしょう。
たった一人の証言という、世界の流れが大きく変わってしまう起点を変更してしまう物語はワクワクします。
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