紙の本を読みなよ

主に読み終わったマンガ、小説、その他の本についての感想です

【ノンフィクション】『世界を変えた14の密約』―我々の人生は仕組まれていた

『世界を変えた14の密約』ジャック・ペレッティ / 訳:関美和 / 文藝春秋

マンガ『それ町』(石黒正数)で紺先輩は陰謀論好きでした。

この本の内容はタイトルだけ見れば陰謀論っぽいですが、

しっかりとした取材に基づいたノンフィクションです。

紺先輩には物足りないかもしれません。

 

現在の世界のシステムや流行は、ある企業と政治家が、あるいはある企業と国家が結びついて作られたものなのだということが解説されます。

中でも、第5章の「food」に驚きました。

 

1945年のニューヨークで、生命保険会社の統計屋が昼休みにひらめいたそうです。

「肥満の基準を変えれば、一夜にして保険料を高くできる」と。

結果、アメリカ人の半分が「太りすぎ」となりました。

 

健康診断で身長と体重から割り出すBMIという指標がありますよね。

「普通」とか「太りすぎ」とか5段階くらいあるやつです。

数値がどのカテゴリーに当てはまるのかは、かなりテキトーに決められたらしいです。

実際、問題があったわけでもないのに「太りすぎ」に入りやすいように変更されました。「普通」だと医者や保険屋が危機感を煽れないし、薬を処方しにくいからです。

(ちなみにウサイン・ボルトはこのBMIによれば「太りすぎ」になってしまうとか。)

 

6章とも関わってきますが、「リスク」という概念も最近作られたものです。

「リスクがある」からそれが現実化しないように「予防」しましょう

という論理展開が容易になったのです。

 

リスクや予防という概念ができるまでは、病気が発症してから投薬なり対処がなされました。

しかし現在では、「リスクがある」と医者に言われれば(まだ発症していないのに)何らかの薬を処方されても不自然に思う人はいません。むしろ欲しがる人の方が多いかもしれません。

 

肥満の定義の変更。

これは医者、製薬企業、保険業界、ダイエット業界にとってwin-winの仕組みでした。

人々の不安を煽り、健康食品を薦め、予防薬を飲んでもらう。

ダイエット法は次々と毎年新しいのが登場して、皆こぞって器具を買い、実践する。

太っている人もそうでない人もジムに通い、ヨガを習い、効果抜群と宣伝されているスーパーフードを買って食べるために探し求める。

「今これが巷で人気です」とマスコミが取り上げて、各所で売り切れが続いて予約は数か月待ちなんですと視聴者をさらに煽る。

すべての業界がwin-winで誰も損をしない。

我々のような踊らされている消費者を除いて。

 

人々の不安や恐怖を煽って何かを買わせるというのは昔からある常套手段ですが、

習性というのは恐ろしいもので、分かっているつもりでも不安だからやっぱり買わされてしまうものです。

完全にカモにされて搾取されているこの状況から抜け出すためには、

「本当にそれが必要か?」「本当に買って意味があるか?」

と自分に問いかける癖をつけるしかないのでしょう。

 

油断してはいけません。

世界は我々を喰い物にしようと常に狙っているのです。

 

【マンガ】『探偵ゼノと7つの殺人密室』(1巻)ー完全犯罪とは?

『探偵ゼノと7つの殺人密室』七月鏡一杉山鉄兵 / 小学館

完全犯罪とはどういう犯罪のことでしょうか?

僕は「犯罪が行われたということさえ誰にも気づかれないこと」だと思っていましたがどうやら違うようです。

「犯行の手口が露見しないこと」だそうです。

つまり犯行があったことは警察にバレてもOKと。

(ふ~ん。それって「完全」って言っていいのかな?甘いのでは?)

 

このマンガのタイトルはボ~っとしてたら気が付かないのですが、

「密室殺人」ではなく「殺人密室」です。

 

つまり自殺か事故かという可能性は除外して、

いきなり他殺を前提として密室トリックが読者に突き付けられるわけです。

モリアーティ教授的ラスボスポジションの甲斐が、主人公・ゼノに挑戦状を渡してきます。

「あらかじめ殺人のための仕掛けを施した7つの建造物を完成させた。

これを手に入れた者は誰でも完全犯罪が可能となる。

君にそれを破れるかな?」

 

殺人のために作られた密室=殺人密室というわけです。

普通、「密室」というのは犯行後に偶然そうなってしまったか、

犯人が意図的にそう仕掛けたか(自分が警察に疑われても犯行手口が分からなければ逮捕されないだろうというねらい)です。

このマンガでは犯人のために予め舞台(と方法)が用意されているんです。

潔く思い切った設定ですね。

容疑者は絞れても、警察にはトリックが分からない。

それをゼノが解明するという流れです。

1巻では第1密室編の解決まで。

 

名探偵コナン』や『金田一少年の事件簿』という2大巨頭がすでにミステリーマンガ界には存在しているわけで、そのうえでミステリーを描こうとするのは無謀と言えなくもないです。

しかし「密室」や「トリック」というワードがあれば吸い寄せられてしまう「ミステリー脳」の僕はつい読んでしまうのです。

ミステリーと名の付くものには期待せずにはいられません。

 

【マンガ】『怪盗かまいたち』—ルパンよりも高度な怪盗?

『怪盗かまいたち都戸利津 / 白泉社

フィクションの世界に怪盗たちは大勢います。

多くは予告状を出し、警察の目をかいくぐって宝物を見事盗み出します。

この『怪盗かまいたち』も同様です。

富豪からしか盗まず、宝石ばかりをターゲットにし、人を傷つけません。

最大のポイントは「嘘をつかない」ということです。

そのうえで、登場人物と読者をも騙すわけです。

つまり叙述トリックです。

 

マンガで叙述トリックを仕掛けるのは、小説でやるのとは難易度が違います。

なにせ映像が読者に見えているわけなので、パッと見てすぐ分かるようなことは出来ません。小説だと「彼」と書いてあっても男性ということは分かっても年齢や見た目、服装の詳細は分かりません。映像だとすぐバレます。

 

マンガで叙述トリックをやるにはどうしたらいいのか。

一つのお手本のような作品です。

単語の一つ一つに非常に気を配っていないと不自然さが残り、読者にバレます。

どの単語を漢字にしてどれをひらく(平仮名表記にする)か。

このバランスを上手くやらないと雰囲気が変になったり堅苦しくなります。

いや、すごいです。

上手いな~!と感心しました。

 

そういった技術的な点も素晴らしいのですが、ストーリーも上手いし、絵柄も綺麗で誠実さを感じます。妥協がない。

 

著者はミステリーをあまり読まないとあとがきで書かれていましたが、

それでこの構成と演出をひねり出したわけで・・・努力型の天才ですね。

 

『嘘解きレトリック』でもそうでしたが、言葉の一つ一つの選択に非常に神経を使っておられます。著者の頭の良さと繊細さが伝わってきます。

 

【歴史】『円の誕生 近代貨幣制度の成立』―円はいつできた?

『円の誕生』三上隆三 / 東洋経済新報社

祖父母の実家に帰省したときに旧紙幣(100円札とか)がどこかから見つかりました。

少しくらいは残しておきたいものの、同じものが何枚もあっても仕方ないですね。

どうせ普通に使えやしないし。

どこで換金したらいいものか・・

そういえば・・・「円」っていつできたんだろ?という疑問に至りました。

 

江戸時代は「両」だったのは時代劇とかで知ってはいるものの、いつ切り替わったのでしょうか。すんなり行ったのでしょうか。

 

通貨のデノミネーションは死ぬほど面倒くさくて煩雑であろうことは素人でも想像できます。昨日まで使っていた「円」が明日から別の呼称になって、単位も変更になったら混乱して仕方ないですよね。新しく硬貨や紙幣も大量に作り直す必要があります。

どれだけ時間と労力と費用がかかるのか分かりませんが、大変なことは分かります。

一般大衆への啓蒙活動も大事だし(貨幣を更新しても国民に認知されていなければ意味がないし、それを皆が使ってくれないと自国通貨ではなくドルが流通してしまう。)、

大衆に認知されても、受け入れて実際に使ってもらわないと意味がありません。

我々は今、当たり前のように10進法で通貨計算してますが、昨日まで4進法だったのにいきなり今日から10進法で計算するのは面倒だし使いにくくて嫌だと思うはずです。

 

現在: 1円=100銭=1000厘

江戸時代:金1両=4分=16朱・・・・・めんどくせぇ!

 

明治4年に「円」ができたそうです。

しかし翌年に火災によって関係史料が焼失したそうです。なんじゃそりゃ!

しかし著者は膨大な史料を渉猟し、事実を推理していきます。

 

この本の中盤までは江戸時代の金貨や銀貨の交換レートや硬貨の中の含有量(金や銀がどれだけ使われているか)を徹底的に調べていきます。

もう狂気的なくらい詳細なデータが記載されています。

よくもまあ、これだけ調べ上げたものです。クレイジーです。

 

金貨って小判のことでしょ?と思っていたら、死ぬほど種類がありました。

銀貨も同様です。時期によって銀の含有量が全然違います。

まあ鉱山から掘り続けたら徐々に産出量が減ってくるのは当然のことです。

「悪貨は良貨を駆逐する」というフレーズで有名なグレシャムの法則通りに、

どんどん貨幣の質は劣化していってます。

 

関東では金貨が、関西では銀貨が主要通貨として流通していたそうです。

統一しとけよ!

今も昔も、関東と関西は張り合っていて相容れませんねぇ。

 

幕末にペリーが来航して開国を迫られ、明治政府がアメリカと条約を結ぶにあたって通貨の交換レートの取り決め交渉もありました。

当時の日本の銀のレートが世界基準よりも割高になっていて、海外に日本の銀がめちゃくちゃ流出してしまったことは有名ですが、明治政府がマヌケだったわけではないことが述べられています。

軍艦の圧力でもってアメリカは無茶な要求をしてきて、それをバカ正直にのんでしまったように言われがちですが、そうではなかったのだと。

世界情勢にまだまだ遅れをとっていた日本ですが、無知は無知なりに交渉が締結したあとも抵抗を続けてアメリカの手を焼かせたようです。

通貨のデノミもその戦略の一つで、時間稼ぎをしたり屁理屈をこねて嫌がらせをして条項を回避しようと努力したのです。

やるじゃないか!日本。

 

現在(2018年10月19日)、再び日米通商協議が行われようとしています。

アメリカはドル高を嫌って、日本に円安の流れをやめるよう圧力をかけてくると懸念されています。協議によってこれが現実のものとなれば、ドル円日経平均は大きく下落するでしょう。

アメリカの要求を鵜呑みにするような愚策だけはやめていただきたいものです。

 

【マンガ】『ランウェイで笑って』(7巻)ー決戦前夜が一番クリエイティブ

『ランウェイで笑って』猪ノ谷言葉 / 講談社

ファッションに正解はない。

だからその優劣をつけるからには明確な説得力が必要です。

Aという服とBという服を比べた場合、明確にこちらの方が良いと言える基準は何なのかを読者にきちんと説明できなくてはなりません。

友達と話しているときのように「え~っと、まあ何となくこっちの方がいい」では

読者は納得しないし、このマンガをもう読もうと思わなくなるでしょう。

 

マンガでそれを表現するには、著者のセンスがモロに問われます。

めちゃくちゃハードルの高い仕事です。

この題材を選択した著者の覚悟にまず拍手したい。

 

ようやく主人公・育人がデザイナーとして人生で初めてファッションショーに出ることになりました。モデルを依頼していた千雪も直前でチーム解散することになり、多くのライバル達とたった独りで闘うことになります。

一人でやっていく方法はこれまでの現場で学んできた。

あとはデザインのアイデアとその具現化、試行錯誤のブラッシュアップ。

本番の日はどんどん近づく。

皆の熱量が上がり、服(作品)は完成を目指し、時間ギリギリまで調整が行われる。

そしていよいよショーが開幕する。

 

どんなことでもそうですが、本番前が一番ワクワクして、頭も一番フル回転してて楽しいと感じますよね。文化祭直前の準備のようなチームの一体感、緊張感がいいですね。

 

やっと少年マンガっぽくなってきました。

やっぱり少年誌に掲載してあるからには、ライバル達とバトルしてほしいものです。

(バトルといっても殴り合うのではなく、ファッションで競うということ。)

競い合うことがすべてじゃないけれど、エンターテイメントは競い合っているから面白いんだと思います。

 

次巻は2か月後に発売予定。(早い!)

 

【哲学】『100の思考実験』—ドキドキ二択クイ~ズ!

『100の思考実験』ジュリアン・バジーニ / 訳:向井和美 / 紀伊國屋書店

HUNTER×HUNTER』1巻に、ハンター試験会場に向かう途上で関所を通過するシーンがあります。そこで長老的な老婆によってクイズが出されます。

正解したらここを通してやると。

このクイズこそが「ドキドキ二択クイズ」です。問題は以下。

 

「お前の母親と恋人が悪党につかまり一人しか助けられない

①母親②恋人どちらを助ける?」

 

モブキャラは「そりゃぁ母親だぜ。恋人はまた作ればいい」と回答し、ハズレの道に通されて死ぬことになります。

レオリオはこの問題を出す老婆にブチギレて殴ろうとします。

「この問題には答えられない(ゆえに沈黙)」が正解でした。

 

この本ではこういった即断できない道徳的、倫理的なクイズが100問用意されています。イギリス発のロングセラーで、小学生からでも読める内容です。

楽しみながら生命倫理や哲学の入門書として使えます。

 

日本人はこういう問題について他人と議論するのを嫌いますよね。

小学生だったら「友達と議論するのは険悪な空気になるから嫌だ」と思ってしまうのではないでしょうか。国民性ですかね。

大人なら「不謹慎だ」とでも言って議論を避けるのでしょうか。

いやいや、ただのクイズですよ。

「あらゆる残酷な空想に耐えておけ。現実は突然無慈悲になるものだから」と老婆が言うとおりです。 

 

議論を楽しむのが苦手な方も、本を読んで問題を考えるだけであればハードルが低くなるのではないでしょうか。自分ならこう考えるなと意見を持っておくのは大事です。

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たとえば28問目「義務を果たすとは」

A、B、C、Dの4兄弟は世界中を旅してまわる間、全員が定期的に手紙を書いて様子を知らせることを母親に約束した。

Aは手紙を書いたが、投函をいつも他の人たちに頼み、その人達は誰も投函しなかった。だから母親は一通も手紙を受け取れなかった。

Bは手紙を書き自分で投函したものの、もう使われなくなったポストに入れてしまい、おまけに切手の料金不足や他のミスもあったため、一通も届かなかった。

Cは手紙を書き毎回投函したものの、いつも郵便システムの不備に見舞われて一通も届かなかった。

Dは手紙を書き毎回投函し、そのうえ電話で短いやりとりをして手紙が到着したかどうか確認した。それなのに一通も届いていなかった。

A~Dのうち、母との約束を果たした子はいるといえるだろうか?

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結果として、全員手紙を書いたのに誰の手紙も届いていません。

義務を果たしたと言えるのは誰でしょうか。

大人の社会になるほど、結果が求められます。

自分ができる範囲の努力(注意を払う、確認作業をする)をやってなお義務を果たせなかったならば、世間的には「そこまでやったのなら仕方ない」と同情の余地はあるかと思います。

まあ会社に許してもらえるかは別問題ですが。

 

逆に子どもの社会になるほど「いや、手紙は書いたんだから義務は果たした。自分は悪くない」という言い分が出て来ると予想されます。

人によって答えが変わってくるのが面白いですね。

 

どこのページから読んでも問題ないですし、クイズ感覚で哲学ができるんだから楽しいですよね。売れ続ける理由がよく分かります。いい本です。

対象年齢はありません。何歳の方が読んでも面白いはず。

僕は寝る前に1問ずつ読んでいます。

 

【小説・文学】『阿部一族』—名誉と汚名は紙一重のタイミング差

阿部一族森鴎外 / 新潮社

現代日本切腹する者の気持ちを理解できる人はいません。たぶん。

昔はそういう文化があったけど、機会があれば自分も実行したいとは思いません。

「殉死」という風習ももう共感されにくいのではないでしょうか。

殉死とは敬愛・崇拝する主君が亡くなったので、自分も後を追って死ぬことです。

 

この小説は1913年に発表されました。(今から100年前!どおりで読みにくいわけだ)

前年に明治天皇崩御され、乃木希典陸軍大将が殉死しました。

当時は社会的にそのことで議論が盛んだったとか。

だから殉死を扱ったこの小説は非常にタイムリーな題材だったようです。

 

 江戸時代初期の頃(1641年)。

肥後藩主・細川忠利の病状が悪化し先が危ぶまれた。

配下から敬愛されていた忠利は、側近たちから次々と殉死の許可を請われる。

「お前はOK、お前はダメ」と一人一人、自分の後を追って死んでもいいか許可を出したり殉死を禁じたりした。(禁止されたのに勝手に殉死したら罪。)

殉死してもいいという許可をもらえた者のみ、殉死は名誉となる。

阿部弥一右衛門も殉死の許可を乞うが、反対される。

(マジメに職務に励んでいたが、なんとなく気に入られてなかった。)

忠利が死去したので旧臣たちが次々と殉死してゆく。

弥一右衛門は忠利の遺言どおり勤務を続けた。

だが彼が命を惜しんでいるかのようなウワサが立ち、そうではないことを証明するために切腹をしてみせる。しかし、遺命に背いたことが問題となり、阿部家は藩から殉死者の遺族として扱われず、家格を落とす処分をされた。

 

ヤンキーマンガでよくありますが、

「お前、ビビってんじゃねーの?」「ビビッてねえわ!」というやりとり。

もう「ビビッてんじゃねえの」と疑われた時点でかなり名誉が失われているといえます。ビビッてないことを証明するために行動が必要になります。

弥一右衛門も切腹が怖くて殉死しなかったんじゃないことを証明しないとこれからの人生、周囲にナメられて過ごすことになります。武士やヤンキーにとってナメられた(侮られた)状態というのが一番耐えられないことです。

 

しかし、本心でビビッていなくても即行動に移さないと、ためらっていると見なされて「ほら、今もビビっている」という烙印が押されてしまいます。

弥一右衛門は切腹には成功しましたが、他の殉死者たちからそこそこ遅れて実行したので、印象としては「ビビッていたから皆のようにすぐに出来なかった」と見られます。

そして遺言にも背いたので、同じことをしたのに彼だけが罪人となります。

 

タイミングがわずかに違っただけで、名誉を得た者と汚名を着せられた者に極端に評価が割れてしまう結果になりました。やったことは同じなのに。

ほんのささいなことで、人生の理不尽さを一身に背負うことになる悲哀。

彼はどこで間違ったのだろう?どこで失敗した?

 

現代社会でも少しタイミングが違うだけで、評価が大きく変わってしまうことがあると思います。でもタイミングって「運」じゃないの?

どうやってタイミングをはかる訓練をすればいいのでしょうか。