【小説・ミステリー】『ついには誰もがすべてを忘れる』―信用できない語り手の究極形
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『ついには誰もがすべてを忘れる』フェリシア・ヤップ / 訳:山北めぐみ / ハーパーコリンズ・ジャパン
⇧2019年2月16日発売。
文庫です。ハードカバー版はありません。
<信用できない語り手>
ミステリー用語の「信用できない語り手」をご存知でしょうか。
読者を騙す叙述トリックの仕掛けの一つです。
語り手が嘘をついたり間違ったりして、読者をミスリードする手法です。
物理的なトリックでは犯人がそれ以外の登場人物たちを騙すわけですが、
叙述トリックは作者が読者を騙すためのものであり、基本的には登場人物たちを騙すためのものではありません。
「信用できない語り手」は登場人物を騙すこともありますが、読者を騙すことに主眼が置かれています。
ミステリー小説では三人称の語りよりも、一人称の語りの方が信用できません。
前者は作者(神)の視点で事実を客観的に描くものであるのに対し、
後者は騙す意図がなかろうと語りは主観的になるからです。
主観的であるということは、語り手が事実を誤認して思い込んでいたり、偏見を持っていたり、自分の都合の悪いことはわざと語らず隠しておくことが出来るということです。
語り手が明確な嘘をついていなくても、大事な部分を省略したり曖昧な表現をしたりすることで、読者は事実を誤認して話を読み進めてしまうというわけです。
信用のできない語り手には一般人が選ばれることもありますが、犯人だったり、精神病だったり、子どもだったり、記憶が不確かな者が担当することもあります。
この小説では記憶が不確かな者たちが語り手になっています。
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<あらすじ>
人々の記憶が1日か2日しかもたない世界。
正確には、全人類が23歳までは普通に記憶を保持していられるけれど、遺伝子の問題によってそれ以降は短期間しか記憶がもたないという設定です。
つまり環状AMP応答配列結合タンパク(CREB)という短期記憶に関わるタンパク質の生産が、23歳から低下してしまい、記憶力が急速に無くなるのです。
人類には2種類います。
1日前のことだけ覚えている「モノ」と、2日前のことまで覚えている「デュオ」です。
「デュオ」は記憶力が倍という優越感から「モノ」を馬鹿にする傾向があり、世界には「モノ」は知的に劣っているという差別が蔓延しています。
ちなみに人類の70%が「モノ」で、30%が「デュオ」です。
全人類は記憶の補完のために、毎日日記をつけるよう国から推奨されています。
数日前に自分が何をしてどういう感情を持ったのか、知りたくなったら読み返すためです。
自分の人生の方向性や過去の記録は日記だけが頼りなので、誰もが日記を厳重に扱っています。
主人公のマーク・エヴァンズは「デュオ」の人気作家です。
彼は世にも珍しい、「モノ」を妻にした人物としても有名でした。
マークはその名声を武器に、政界に進出しようとしていました。
今は選挙活動の真っ最中です。
マークの妻であるクレアは専業主婦です。
彼女はいつも夫と自分を比較して劣等感を肥大させ、自信を失っていました。
「自分は「モノ」だから頭が悪い。いつも夫の言う事が正しい。」と。
精神的に不安定なので、抗鬱薬を毎日飲んでいます。
ある日、彼らの家の近くの川で、若い女性(ソフィア)の遺体が発見されました。
彼女の服のポケットには石が何個か入っており、自殺というにはお粗末な偽装工作がされていました。つまり他殺です。
警察はマークの家に聞き込みにやって来ました。
マークもクレアも、「ソフィアとは面識がない」と言いましたが、警察には信用してもらえませんでした。
ソフィアの日記には、何年も前にマークと出会って親密な関係になったという記述があったからです。
マークには死亡推定時刻のアリバイがあったことで殺人の容疑からは外れました。
しかし浮気をしていたことは確実なので、クレアは離婚しようと決心しました。
選挙活動を離婚宣言によって妨害されたマークは怒りましたが、クレアと離婚するつもりはありません。
どうやら彼は、もっと重要な何かをクレアに隠しているようです。
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<まとめ>
「信用できない語り手」の究極形です。
普通のミステリーなら、ある一人の語り手に不信感を持たせて読者を警戒させるところですが、この小説では登場人物の全員が「信用できない語り手」になっています。
全員の記憶が不確かというのは、ありそうでなかった設定です。
誰もが自分の都合のいいように日記を書いています。
思い出したくないことは日記には意図的に書かないという選択も出来ます。
読者は「コイツの言っていることは本当か?」「この日記はどこまでが本当のことを書いてあるのか」とあらゆる箇所で警戒しながら読み進めていくわけです。
1日過ぎるだけで記憶していることが劇的に変わってくるので、警察の捜査も迅速に行う必要があり、緊迫感があります。
細部まで気が抜けないミステリーです。
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