【マンガ】『アルティストは花を踏まない』―ユダヤ人差別や迫害を上品に描く
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紙の本も読みなよ / A-key-Hit
『アルティストは花を踏まない』小日向まるこ / 小学館
⇧2019年3月29日発売。
1冊で完結です。
<ユダヤ人への迫害>
「反ユダヤ主義」というものがあります。
ユダヤ人を敵視・迫害・排斥しようとする思想のことです。
第二次世界大戦でのナチスによるユダヤ人への迫害は有名ですが、それ以前からドイツ以外でもヨーロッパ全土に渡ってユダヤ人は迫害されてきた歴史があります。
もちろんフランスでもユダヤ人差別はありました。
(※この漫画の舞台はフランス)
「ナチスドイツの大量殺戮よりはマシ」だなんて、被害者であるユダヤの人々は当然のことながら考えません。
何も悪い事をしていないのに、生活が脅かされるほどの差別を受ける理由はないからです。
けれどずっと昔から存在している反ユダヤ主義は、世界大戦が終わるまでは強弱はあれど国全体にしっかり浸透していました。
それを疑う者はいたのでしょうが、少数派です。
宗教というより皆の共通認識のような感覚でしょうか。
子どもは大人よりも残酷だとよく言われますが、大人の繰り出す不自然な欺瞞、つまり思想による差別がおかしいことだと見抜く目も持っています。
大人は相手がユダヤ人だと分かれば、思想や自分の不利益を考えて友達でいるのをやめますが、子どもは親しくなった相手がユダヤ人だと分かっても友達をやめようとはしません。
周りの大人から何かを吹き込まれてギクシャクすることはあっても、「ユダヤ人だから友達をやめたい」なんて考えないでしょう。
この漫画では、周囲の大人がなんとなくユダヤ人を排斥しようとしている空気に気付きながらも、友達付き合いは決してやめない子どもたちの姿が描かれています。
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<あらすじ>
時代は1930年頃。
第一次世界大戦が終わり、第二次世界大戦が始まろうとしている時期です。
舞台はドイツと国境が近いフランスの小さな町。
戦争で若い男性が大量に死んだため、町にいるのはほとんどが子どもと老人だけです。
戦争の記憶がまだ新しい働き盛りの中年の大人たちは、どこか投げやりのように見えます。
これから町を復興させていこうという機運よりも、経済が冷え込み倒産する会社が続いていることから、「もうこの町も終わりかな」という諦めムードが漂っています。
ユダヤ人である主人公の少年・モモはボーリング場で働いていました。
彼は同年代の同僚たちを笑わせるために、いつも明るく振る舞っています。
そのボーリング場も御多分に漏れず経営が厳しく、もうすぐ閉鎖することが決定しました。
彼は楽しい職場を失わないために、責任者を町に連れ出して、皆でボーリングの宣伝活動をします。
モモの父親は、工場で工員たちが作業している傍らで音楽を演奏して心を和ませるという仕事をしていましたが、代わりの人間がきたからという理由でその日限りでクビになっていまいます。
(おそらく雇い主はユダヤ人を早いとこ解雇したかった。)
ある日の夜、モモの家族が住む家に石が投げ込まれました。
ユダヤ人排斥運動の一つです。
(一応警察は駆けつけますが、被害者がユダヤ人だと分かれば犯人を見逃してあげたりもしたそうです。)
その時、窓の側に立っていたモモは頭に石が当たり、ケガを負いました。
投石をした犯人たちの一人は、モモの友人・マルクでした。
翌日、マルクはモモの頭に包帯が巻かれていることに驚きました。
マルクは自分がモモの家に石を投げていたことも、モモがユダヤ人だということもそれまで知らなかったのです。
マルクはモモに自分が石を投げたと告白しますが、モモは怒りませんでした。
代わりにモモの得意なジャグリングをして二人で遊びます。
彼らの友達関係が崩れることはなく、むしろ仲を深めるきっかけになりました。
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<まとめ>
差別や迫害を根底に置きながらも、少年・モモの明るさを前面に出すことで全く陰鬱さを感じることなく読み進めることができます。
「ユダヤ人」という言葉も数回しか出てこないし、難しい思想的背景や歴史も描かれていません。
婉曲的な表現に徹することで、非常に上品な作品に仕上がっています。
残酷に描こうと思えばいくらでも残酷にできる題材で、ここまで明るい雰囲気にできるのはすごいです。
エンターテイメント作品はショッキングな要素を入れたがるので、大抵は露悪的な演出になるところですが、この漫画は徹底的にそういうものを抑えて描かれているので新鮮に見えます。
あと、全体を通して絵の描き込みがすさまじいです。
背景が真っ白だったり真っ黒だったりするコマがほとんどありません。
通常の漫画の2~3倍くらい手間がかかっていると思われます。
上手い絵は、セリフよりも細かなニュアンスを一瞬で読者に伝えることができます。
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