【小説・文学】『幼女と煙草』―弱さをを装うのは暴力だ
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『幼女と煙草』ブノワ・デュトゥールトゥル / 訳:赤星絵里 / 早川書房
⇧2009年10月発売。
絶版にはなっていませんが文庫版はありません。
<卑怯な生存戦略>
現代社会の中で優位な立場で生きていくためにとられる戦略で、卑怯で陰湿なものは何でしょうか?
それは「弱さを装う」ことだと僕は思います。
自分が弱者であることをアピールすれば、たとえ責められる立場にあったとしても被害者として振る舞うことができるからです。
それはつまり相手を悪者に仕立て上げ、自分の方が正しい(最低でも情状酌量の余地がある)と周囲に認めさせ(あるいは錯覚させ)、自分の失敗や罪を無かったことにできるということです。
印象を操作できれば、世論や大勢(周囲)の意見を味方にすることができます。
セコくて卑怯極まりないですが、大抵の人間は自分がそうであることに無自覚です。
自分は大切に扱われてしかるべき人間であると、誰もが多少なりとも思っているし、
より優遇され、より多くの権利が保障されて文句を言う人はほとんどいないからです。
その陰で冷や飯を食わされる羽目になった者がいるかもしれないと想像することすらしません。
その構造の被害者の立場になったときに初めて、人はその理不尽さに気付くのです。
怖いですね。
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<本当の弱者は誰か>
弱い立場にあるとされているのは、例えば「女性」「子ども」「老人」です。
1対1では力の弱い立場であっても、数の暴力を使えば圧倒的優位に立つことができます。
彼らはその方法を使うことに、後ろめたさや卑怯さを自覚することはあまりないでしょう。
それをやられる側の「男性」「大人」「若者」がその理不尽な醜悪さに怒り、恐れおののいていることにも気づかれていないでしょう。
バラエティ番組で有吉弘行さんが青木さやかさんに
「弱さを振りかざすことも暴力だからな!」と怒っていたシーンを思い出します。
現代社会において本当に弱い立場になりつつあるのは、今や「男性」「大人」「若者」の側なのです。
そして同じ戦略で反撃をすることは許されません。
「正々堂々としていない、卑怯だ、ズルい、セコい」と批判されるでしょう。
何故でしょうか?
同じ戦略を使うだけなのに。
結局は立場がまた逆転して,自分(や所属しているグループ)の優位性が失われるのが嫌だからです。
誰だって保身のために、社会正義よりも今ある自分の優位性を必死に守ることに注力するのは当然です。褒められた行為ではありませんが、腐敗した人間性という程でもまだありません。
人間社会って嫌だなぁ・・と思うくらいです。
この小説はそんなブラックユーモアに満ち溢れています。
フランス人作家はこの手の皮肉を書かせたら、実に面白くて上手いですね。
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<あらすじ>
僕はタバコが嫌いです。
副流煙の発がん性や、我慢ができない臭いという理由もありますが、花粉症の時期は煙を一瞬吸っただけで症状が誘発されるからです。
歩きタバコをしている人には殺意すらわきます。
しかし今はその感情は一旦置いておきます。
この小説の中の世界では、喫煙がどこでも禁止されています。
全館禁煙といったレベルではなく、世界から喫煙OKの場所がなくなり、最後の喫煙者が誰になるかといったような状況で、喫煙者は犯罪者扱いされる世界設定です。
主人公はタバコを愛する数少ない人間の一人でした。
つまり超マイノリティ(少数派)です。
一方、子どもはメチャクチャ優遇されています。
甘やかされ、 尊敬され、子どもという概念が偶像崇拝されています。
その社会通念に疑問を差し挟むことは許されませんし、
子どもに丁寧に対応しないと皆から非難されることになります。
調子に乗った子どもを大人が怒ることもしません。
子どもは大人が何でもいう事を聞いてくれるのは当たり前だと思っています。
完全なるマジョリティ(多数派)です。
ある日、主人公は職場である市役所のトイレで喫煙しようと試みます。
その現場を一人の少女に見られてしまいます。
麻薬を吸引していた現行犯扱いのレベルです。
そこからどんどん主人公の人生の転落が始まっていきます。
子ども嫌いの彼はうまく反論できないまま職場で冷遇され、冤罪まで背負わされて、仕事を失うまでに至ります。
多数派の理不尽な理屈に包囲されて、少数派の人間が抹殺されていく悲劇が描かれています。一方でうまく多数派の大衆を味方に付けて釈放まで勝ち取ってしまう死刑囚の話も並行して描かれます。
多数派の数の暴力が、いつだって正しさを決定づけている恐怖が見事に表現されています。
今、自分の社会的立場が弱いと感じている全ての人の共感を呼ぶことでしょう。
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