【小説・ミステリー】『だから殺せなかった』―愛すべき人を愛さなかった罪
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紙の本も読みなよ / A-key-Hit
『だから殺せなかった』一本木透 / 東京創元社
⇧2019年1月30日発売。
良いタイトルですね。
読む前にも気になるし、
読み終わり際も「そういうことか!」と膝を打つことになりますし、
読んだ後も余韻が残るという見事なタイトルです。
<劇場型犯罪>
劇場型犯罪という言葉をご存知でしょうか。
多くの犯罪が犯人と被害者だけで完結しているのに対し、
犯人と被害者に観客が加わって進行していくタイプの犯罪を「劇場型」と呼びます。
大抵は犯人がテレビ会社や新聞社などのメディア、あるいは大企業などへ犯行声明を送り付けて、それが公開され世間の注目を集めます。
多くの人の話題になりやすいことから、歴史に刻まれやすいのも特徴です。
切り裂きジャックや三億円事件などが代表例です。
犯人と被害者は当事者ですが、視聴者や新聞の読者たちは傍観者であり観客です。
観客たちは安全圏からショッキングな事件の成り行きを見て、楽しみ、興奮し、今だったらSNSで拡散させて面白がったりします。
被害者からすれば、傍観者たちのその姿が醜悪に見えることでしょう。
しかし人間は誰しもが多少はそういう不謹慎な性質を持っているものです。
この物語ではそういう人間の悪の部分を糾弾しています。
つまり最近ではけっこう珍しいガチの社会派ミステリーなのです。
文章も上手いです。
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<あらすじ>
主人公は新聞記者の一本木透(著者と同名)。
世間では3件の連続殺人事件が起こり話題になっていました。
ある日、透の元へ「自分が一連の事件の犯人である」という手紙が届きます。
模倣犯や成りすましの類は話題になった事件にはつきものですが、手紙には犯人しか知りえない(警察が公表していない)情報が詳しく書かれていました。
つまり手紙の差出人が真犯人であるということです。
手紙によれば、犯人は透と新聞の紙面で討論がしたいようです。
その上で「これからも続くおれの犯行を言葉で止めて見せろ」と挑発してきます。
なぜ犯人が自分を選んだのか釈然としない透でしたが、犯人への大きな手掛かりになるかもしれないので討論を断るという選択肢はありません。
また彼の勤める大手新聞社では赤字のために劇的な売上げ改善を必要としていました。
犯人との対話の情報を独占発信できるために、新聞の購買数は増え、世間の注目も集まり、会社の上層部からも業績改善のための千載一遇のチャンスとして発破をかけられます。
透にはかつて婚約者の父をスクープによって告発し、失脚させ自殺に追い込んでしまったという経験がありました。
大切な人を守るのか、報道を優先するのか。
過去の透は後者を選択し、後悔することになりました。
犯人と社会正義や悪についての討論を繰り返していくうちに、どうやら犯人にも過去に悔しさを覚えた経験があり、社会に対して怒りを持っていることが分かってきます。
犯人は犯行の動機については明言せずに、人間そのものが「悪」なんだから、殺すターゲットは誰でもよかったのだという理屈を提示します。
犯人は被害者を無差別に選んだと主張しており、事実被害者同士の関係性や共通点は見当たりません。
しいて挙げるなら、どの被害者の家庭もうまくいっていなかったようですが・・・。
透は犯人の真の動機を探るために、関係者たちに取材を試みます。
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<まとめ>
エンターテイメントでもよく扱われる「劇場型犯罪」ですが、そこでは共通して傍観するだけの大衆の無責任さが描かれるものです。
この小説ではそれに加えてメディアの欺瞞にまで触れています。
ネットニュースが一般的になり、新聞の購読者も減っていき、権力の監視役である新聞社もジャーナリズムよりも売り上げを優先することを余儀なくされています。
「知る権利」や「大衆のニーズに応える」とかいう耳ざわりの言いフレーズで自らの欺瞞をごまかし、報道倫理や人間としての品性をなおざりにする姿勢に失望している方もおられるでしょう。
今や新聞社に限らず出版業界は大手企業だろうとどこでも、倫理観や品性を捨てないと生き残れないほどの苦境に立たされているのです。
著者は元新聞記者なのかと疑いたくなるほどに、そんな新聞社の職場風景や仕事観がリアルに描かれています。
「だから殺せなかった」という題名がダブルミーニングになっている点も感動を倍増させます。
この意味に読者が気付いたとき、絶対に「なるほど~!」と唸るはずです。
このタイトルを付けた著者のセンスに脱帽です。
こんなに理知的で叙情的な読後感のミステリーには中々 お目にかかれません。
『このミステリーがずごい!2019』で1位を獲得した話題作・『屍人荘の殺人』(今村昌弘)と鮎川哲也賞を争ったわけですが、どちらが大賞でもおかしくない出来だと感じました。
どちらもおすすめです!
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