【小説・文学】『破戒』—名探偵コナン+湊かなえ「告白」
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『破戒』島崎藤村 / 新潮社
オレは高校生探偵・工藤新一。
幼なじみで同級生の毛利蘭と遊園地に遊びに行って、 黒ずくめの男の怪しげな取り引き現場を目撃した。取り引きを見るのに夢中になっていたオレは、背後から近付いて来る、もう一人の仲間に気付かなかった。オレはその男に毒薬を飲まされ、目が覚めたら体が縮んでしまっていた!
工藤新一が生きていると奴らにバレたらまた命を狙われ、周りの人間にも危害が及ぶ。
阿笠博士の助言で正体を隠すことにしたオレは、蘭に名前を聞かれて、とっさに江戸 川コナンと名のり、奴らの情報をつかむために、父親が探偵をやっている蘭の家に転がり込んだ。(以下略)
↑これは映画版『名探偵コナン』で必ず冒頭に流れるキャラクター紹介の定型文です。
『破戒』の主人公・瀬川丑松(うしまつ)も世間から正体を隠して生活しています。
正体がバレれても周りの人間には危害が及びませんが、自分が社会から追放されてしまい、実質「死ぬ」ことになります。バレたら親しい人たちにも迷惑がかかるという点を考えれば、危害が及ぶと言ってもいいかもしれません。
彼の正体はエタ(穢多)なのです。
エタ(穢多)とは。(2日前の記事にも書きましたが)
江戸時代の身分制度で士農工商のさらに下位に置かれた身分です。
特に何か悪いことをしたわけでもないのに、ひたすら差別・迫害を受け続けました。
牛などの動物の皮を剥ぐ皮革業や罪人の処刑の手伝いに従事させられ、彼らの存在は忌み嫌われました。汚らわしいものであり、まともな人間として扱われませんでした。
明治になって「新平民」と呼び名は変わったものの、実際は何も変わってません。
この物語の時代は明治後期。
まだガチガチに差別・迫害が行われていた時期です。
丑松は幼少期から父に「自分の身分を何があっても隠せ。生きられなくなるぞ」と強く言い聞かせられて育ち、それを守り通してきたことで教師としての職を得て生活できていました。
コナンには正体を知っていて協力してくれる人達が、少数ですがいます。
しかし丑松は友達はいますが、正体を知っている人は一人もいません。
周囲にはいつだってエタを虐げる光景に満ちていて、それを目にするだけで気が滅入る毎日。自分だっていつバレるか分からないのだ。
最初は快活だった性格も、だんだんと沈み、欝気味になっていきます。
ずっと孤独に耐え続けなければいけないのだから、ストレスは計り知れません。
社会はいつでも自分を放逐する準備ができている。気は抜けない。
同じエタの出身でありながら世間と敢然と闘う解放運動家・思想家の猪子蓮太郎を彼は尊敬し、その著作も熟読し、周囲にそのことは知られていまいた。
やがて父が亡くなり、その葬儀のために帰省した丑松は、その旅の途上で猪子と出会う。二人は親交を深めるも、猪子は敵対する政敵により殺されてしまいます。
彼の壮烈な死を目撃した丑松は、正体を隠して生きることをやめる決心をします。
終盤、彼は教室で、教え子たちの前でカミングアウトします。
そのあまりに衝撃な「告白」シーンは、湊かなえ『告白』のシーンと重なりました。
「今から私は、皆が驚愕する事実を言いますよ。」という点で同じです。
湊かなえ『告白』では教師と生徒の敵対でしたが、
『破戒』では、教師を辞めて学校を去る丑松を引き留めようとする生徒がいます。
「それでも先生に教えてほしい」と。
それを学校や世間が許すはずもなく、彼は去っていくシーンで物語は終わります。
著者は34歳のときにこれを書き上げ、自費出版で作品を世に出したそうです。
どうしても書きたかったテーマだったのでしょうか。すごいですね。
当時は世界大戦があって中断を余儀なくされつつも、部落解放運動が盛り上がってきたところで、著者も出版するなら今しかないと判断したのでしょうか。
新潮文庫版を選びましたが、読みにくそうな部分はルビがかなり親切にふってあって、読みにくさは一切ありませんでした。1906年の作品なのに。
文章が綺麗で、風景描写も情緒があって良いリズムがあって変なクセがなくて美しい。
一流の作家の文章だなと素直に感動しました。
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