【小説・SF】『皆勤の徒』―天才的言語センス!
『皆勤の徒』酉島伝法 / 東京創元社
世界観の設定は、遠未来。
大災害が起こって、地球は現代社会の都市風景からは原形をとどめておらず、人類の形状も大きく変容しています。
人類の姿形は異形の怪物に成り果て、思考も鈍重になっています。
けれど仕事という概念はあるようで、主人公は今日もまた仕事に向かいます。
そんな世界での生活?を描く・・・という奇妙なディストピア日常ものといえばそう言えなくもないのですが・・・。
SFとファンタジーの中間の世界観です。
まあ、設定自体よりも注目すべきは著者の天才的な言語センスですよ。
唯一無二。これは誰にも真似できないし、後進の作家がパクろうとも思わないほど圧倒的に常人を凌駕しています。
何を読んで育ったらこんな文章が書けるのでしょうか。
クレイジー過ぎて、著者の日常生活が心配になるほどです。
著者の目からは、普段、世界はどう見えているのでしょうか。
ネーミングセンス、物体や現象の描写が突出しています。
東野圭吾のような大衆にやさしく、受け入れられやすい小説ばかりを読んでいる方にはオススメできません。
おそらく10ページも読めずに挫折するでしょう。覚悟が必要です。
しかし、「圧倒的な才能・センス」とはこういうものだということが、1ページ読めば分かります。
おそるべき小説でした。
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【哲学・思想】『武士道』―外国人へ向けた丁寧な解説書
『武士道』新渡戸稲造 / 訳:矢内原忠雄 / 岩波書店
岡倉天心の「茶の本」と同様、日本人に向けて書かれたのではなく、外国人に向けて日本文化・価値観を分かってもらいたいという意図で英語で出版された本を日本語訳したもの。
1899年に書かれたものらしいので、今から120年くらい前だ。
日清戦争直後。日露戦争目前の時期。
著者は当時38歳。それでこの内容を書かれたわけで、読んでみると恐ろしく博識なのが分かります。
外国人へ向けて、基礎の基礎から説明してあるので、2018年に生きる(武士道精神など持ち合わせのない)我々日本人にとっても非常に分かりやすい。
訳者の方がすごいのか、原書からすごいのか、とにかく文章がカッコイイ!
日本人であるなら、これくらいの日本語を使いたいと思わせてくれます。
『武士道』の解説として、外国に対して誇らしい内容でした。
現代人が解説してもここまで上手くできないでしょう。
武士道の構成要素として「義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義、切腹、仇討ち、刀」などについて各章ごとに語られています。
ただ、例を挙げる際にはギリシャ神話やシェイクスピアをはじめ西欧文学を採用されているので、無学な日本人の私には逆に分かりにくい点もありましたが・・。
あと、誤解していたのですが、「仇討ち」は殺されたのが自分の目上の人や恩人の場合はOKだが、妻や子供の場合はダメなんだそうです。
なんじゃそりゃあ!
まあ現代社会で武士道を体現しているような人は生きにくいとは思います。
時代の価値観が当たり前ですがズレています。
しかし、日本人の思想・価値観の根底にはまだかなり根付いているのも確か。
日本人の価値観がどういうふうに形成されてきたのかを外国人に説明しなくちゃいけない状況に置かれるかもしれません。
その時に何も説明できないと恥ずかしいので自分の価値観のルーツは確認しておくべきだなと思いました。
そういう状況になったから、著者はこの本を書こうと思い立ったそうです。
【小説・SF】『地下鉄道』―黒人奴隷少女の壮絶な逃亡劇
『地下鉄道』コルソン・ホワイトヘッド / 訳:谷崎由依 / 早川書房
史実をもとに、SFの要素を加えて構成された文学作品です。
<あらすじ>
19世紀前半。
アメリカ南部で奴隷として農園で働く黒人の少女(主人公・コーラ)が、ある日同僚に一緒に逃亡する計画を持ち掛けられます。
逃亡をして捕まれば確実に拷問の末、殺されてしまいます。
そういう前例を何度も見てきました。
しかし劣悪な環境で働かされ、毎日に希望がもてない状況には変わりありません。
果たして逃げだしたところで、黒人奴隷が外界で生きていけるのか不安もあるので、逃亡計画に積極的に参加するのは躊躇してしまいます。
そして奴隷の仲間が理不尽に殺されたことで、ついに逃亡を決意します。
アメリカの地下には、黒人奴隷を解放する組織が運営する鉄道が走っています。
(ここだけがSF的設定で他の歴史的背景・設定は史実だと思われます。)
それに乗ってコーラは仲間とともに近くの駅に降りて、体力を回復させることにします。
その街では、これまでの農園生活とは比較にならない生活環境が用意してもらえました。生活に慣れるにしたがって気も緩みます。
やがてその街では表面上は黒人の地位向上を謳っているが、裏では黒人を使った恐ろしい人体実験が町ぐるみでなされていることを知ることになります。
彼女はまた別の街へ逃げることを決意します。
その後、いくつかの街を転々とすることになります。
逃亡奴隷を捕まえようとする賞金稼ぎに追いかけられ、逃亡中に白人を正当防衛のためとはいえ殺してしまったために指名手配されているから。
どの街でも程度の差はあれど、黒人は理不尽な差別、暴力、虐待、虐殺を受けていることを目にすることになります。
黒人であるだけで、ただ生きるということがこんなにも難しい時代があったのです。
そもそも人だと認めてもらえてなかった。
人ではないから、自由や平等といった権利を享受する資格はないという理屈です。
読み通すには中々ハードな内容で、苦しさと憤りでしんどくなりました。
本当の意味で自由と平等が実現した世の中にしたいですね。
2017年12月出版。
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【マンガ】『天国大魔境』(1巻)ー待ちに待った新作!!!
『天国大魔境』石黒正数 / 講談社
ついに出ました!!
石黒正数氏の新刊が!新作が!新シリーズが!
石黒正数信奉者としては数か月前から首を長くして待ち望んでいました。
『それ町』が完結してからはもう悲しくて、抜け殻のような心地でした。
アフタヌーンで新作が連載され始めることを知ってからは、コミックが発売されるのを今か今か今か今かと待ちわびておりました。
ようやくこの悪夢のような毎日から解放されるのですね。
表面的な印象としては『EDEN』(遠藤浩輝)と『AKIRA』(大友克洋)と『寄生獣』(岩明均)をいい感じにブレンドしたようなイメージ。
何らかの病気が地球に蔓延し、人々はわずかな数が生き残って小さなコミュニティを各地に形成して生活している。
別のエピソードで進行する箱庭施設で快適に生活する子供たちは、外界と隔離されているが、外の世界に興味を持ち始める。
著者が得意な伏線の大網が着々と張り巡らされていってるが、読者は世界観の把握に忙しくて、謎の大量投下に対応できない(^0^)
嬉しい悲鳴なのだが、早く続きを読みたくても次巻は来年発売予定だそう。
『フルット』も楽しくて好きですが、この本でモヤモヤしすぎて困りますので、一旦『天国大魔境』の方に集中して2巻をもう少し早めに出していただくことはできないものですかね?
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【小説・ミステリー】『TOKYO BLACKOUT』―息継ぎできない緊張感がすごい
『TOKYO BLACKOUT』福田和代 / 東京創元社
まさに猛暑の今、読むべき小説。
真夏の東京が舞台。
東都電力管轄内の送電線の鉄塔が爆破される。別の鉄塔はヘリが衝突して倒壊。
合計三ヶ所で実行され、電力が不足し、東京は停電に陥る。
停電テロであると判断されたが、犯人からの声明はない。
一体何が目的で大停電を引き起こしたのか。
著者の圧倒的な取材力にまず読者は驚かされるでしょう。
こういうことを調べ上げるのにどれだけの労力がかかるのかを想像すると、それだけで感動を覚えるほどです。お疲れ様でした。
日本の電力を支える人々は、日々どういう仕事をしているのか。
東日本大震災の当時は東京電力が批判されていましたが、そんな中で日本のインフラを支え続けた現場で働く方々は、毎日が緊急事態だったのではないでしょうか。
自分の仕事に誇りとプライドを持ち、不測の事態にも逃げずに組織が一丸となって対処する。そういう人たちの仕事の上に、我々の毎日の便利な生活が成り立っている。
この本を読んで、彼らの奮闘ぶりに感謝の念を捧げずにはいられません。
たった24時間電気が使えなくなるだけで、東京という都市は機能が麻痺してしまう。
東京だけに限らない。現代社会における都市はほとんどが電気に依存している。
東京をパニックに陥らせるために核兵器など必要ない。
たった数日停電させてしまえばいいのだ。
この物語では停電は1日とちょっとで復旧するが、それは犯人が優しかったから。
本気で東京を破壊してやろうというテロリストたちが犯人なら、この程度では済まない。都市はテロに対して、なんと脆弱なのだろう。
大都市に1日以上の停電が起こるとどういう事態になるのか。
そういったことを教えてくれる災害シミュレーション小説ともいえます。
とにかく中だるみがなく、ずっと緊張感を保持してラストまでいきます。
犯人の最後の犯行がご都合主義的な点には目をつぶっても構わないと思わせる程の勢いがあります。素晴らしい。
読んでいる間、頭の中でずっと、ドラマ「SP」のOPテーマが流れていました。
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【新書】『思考の補助線』―青臭い情熱
『思考の補助線』茂木健一郎 / 筑摩書房
何かと批判にさらされる茂木健一郎氏ですが、この本の内容は面白いです。
とにかく青臭い(いい意味で)。
自分がこれまで学んできた知識と身に付けてきた知性を以って、自分という存在をこれから世に問うてやるぜ!という野心があふれ出して伝わってきます。
2008年(10年前)に出版された本です。
つまり著者は当時40代半ば。
40代半ばにして、この危うい青臭さを保持し続けていられるのは中々稀有であろう。
本人はいたってマジメに語っているのだが、ツッコミ所がいっぱいあるのに本人はそれに気付いてないという、天然のツッコまれキャラなんじゃなかろうか。
芸人でいうと狩野英孝さんタイプ。
読み味は、若者の大言壮語のような印象を受けるかもしれません。
しかし、著者のキャラクター性や人格を無視して本の内容だけに着目すれば、こういう「知性に憧れと情熱をもつこと」は基本的には良いことなのではないかと思えるはずです。今、世界は反知性主義に陥りつつありますから。
世界にはアル中・麻薬中毒でも名文を生み出した作家がゴマンといるし、ロクな人間関係しか築けなくても極上の恋愛小説を紡ぎ出す人もいる。
素晴らしい人格の持ち主しか本を書いてはいけないのなら、この世の本はほとんどが存在しなかったことになる。
茂木氏の人格が悪いと言いたいわけではありません。
著者の人間性と本の内容は、一旦切り離してとらえるべきだということです。
批判されたことのある人物の書く文章がつまらないわけではありません。
むしろ批判されたことのない人物の書く文章の方がつまらないでしょう。
【小説・SF】『know』―天才性とはこういうことだ
『know』野崎まど / 早川書房
野崎まど氏は、天才を天才として描ける作家だそうです。
この作品をちょっと読めばそれが理解できます。
すごい。
キレキレの西尾維新氏をさらにSF寄りにしたような文章、という印象です。
ある天才(主人公)がいて、それは世間的にはすごく優秀なレベル。
その彼が、超天才の少女と出会う。
二人の逃避行。ラストの決戦。
最後まで、このストーリーがどこへ向かうのか全く分かりませんでした。
「天才のすごさ」を描写するには、そのキャラクターの思考、手段、手法がいかに読者の予想・想像を上回るかだと思います。
ただワトソン役が驚いていればいいってもんじゃないのです。
著者もすごいですが、著者の身近に天才のモデルが実在する(した)のでしょう。
天才とはどういう風に見えるものかを知っている感じがします。
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【小説・ミステリー】『九杯目には早すぎる』―ヴィダーインゼリー的ミステリー
『九杯目には早すぎる』蒼井上鷹 / 双葉社
短編集。
世の中にはガッツリとした骨太のミステリーだけでなく、軽いミステリーも存在します。この本は後者です。
ところで、ミステリー中毒者は常に何かしらのミステリーを読んでいないと落ち着かない気分に陥ってしまうものです。
しかし、通勤通学の満員電車やバスの中では集中して読めません。
第一、そんな苦しい状況下で、面白そうな長編ミステリーを読みたくありません。
自宅で落ち着いた環境で読みたいものです。
血中酸素濃度が低下すれば人は体調に異常をきたすように、
血中ミステリー濃度が低下すれば、ミステリー中毒者はニコチン中毒者と同様にイライラし始め、頭の働きに異常をきたします。
そんなときは、水分と栄養補給を短時間で行えるヴィダーインゼリーが必要です。
とりあえずは緊急処置というか対症療法というか、栄養補助食でその場をなんとか乗り切らなくちゃいけない。
現代人には欠かせないものだと思います。
そんなヴィダーインゼリー的なミステリーこそ、この本です。
満員電車内でも気負わずに軽く読めます。
星新一のような数ページで終わるショートショートミステリーもいくつか収録されています。
そんなに身構えずに読めるミステリーはないかなとお探しの方はぜひ。
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【読書術(8)】冷暖房は快適すぎない方がいい
読書は大抵、室内で行います。
その際、寒すぎ or 暑すぎという状態ではもちろん読書どころではないでしょう。
僕の集中力が弱いせいもありますが、そんな部屋では10分ももちません。
しかし、逆に快適すぎる環境もよくありません。
スタートはOKですが、すぐに眠くなってしまうので長時間の集中にはやはり向いていません。
(真冬+コタツ=即寝)
(クーラー効いた部屋+ちょっと横になろうかという軽い気持ち=即寝)
人間の体は、温かい状態から冷やすと眠りやすくなるそうです。
(この性質を利用して、風呂あがり→冷房の効いた部屋に行くとすぐに眠れるので、不眠症の方のテクニックとしては有効です。)
逆に、読書をしようと考えている方にとっては、この性質は大敵です。
とくに最近だと屋外は死ぬほど暑いですよね。
なので屋外→屋内(大体どこも冷房が効いている)に移動したら、自動的に体を急激に冷やしていることになります。
危険です。
家に帰って気を抜いた途端に眠くなります。
夏は、クーラーを弱めに設定し、集中力を維持。
冬はコタツに入らないことで集中力を維持しましょう。(←自戒)
【マンガ】『探偵犬シャードック』(1-5巻)ー主人公がワトソン役の倒叙型ミステリー
『探偵犬シャードック』安藤夕馬・佐藤友生 / 講談社
シャーロック・ホームズが現世に犬(シャードック)として転生し、主人公・尊(たける)と出会い謎を解決していくお話。
もちろん探偵役は犬だが、言葉を話せない。
唯一会話のできる尊が伝言役となって、周囲に状況説明をして事件を解決していく。
尊はワトソン役でもあり、「名探偵コナン」の毛利小五郎役でもある。
まあ眠っているわけではないので、行動を起こして事件解決のサポートをするわけですが。
このマンガの特徴として、ほとんどが倒叙型ミステリーの形式を取っていることです。なぜなのかは不明です。著者のちょっとした挑戦なのでしょうか。
(※倒叙型とは、読者には事前に犯人が分かっている形式のことです。知らないのは物語の中のキャラクターたちだけ。犯人が追い詰められていくのを楽しむのが醍醐味。「古畑任三郎」や「刑事コロンボ」が代表的です。)
犯人が毎シリーズ事前に読者に分かっていたら、「金田一少年の事件簿」や「名探偵コナン」といった普通の?ミステリーと比べて、読者を引き付けておく力が弱くなってしまうのは、作り手として分かっていたはずです。
それなのにわざわざハンデを背負って週刊連載で挑戦しようとした姿勢は素晴らしい。
原作者が「サイコメトラーエイジ」の方なので、同じミステリーネタを考えるにあたって、倒叙型のストックが貯まってきていたのでしょうか。
しかし、古畑任三郎もコロンボも超ヒット作。
フーダニット(犯人は誰か)が無くなっても
ハウダニット(犯行はどうやって行われたか。トリックは?)があれば、
ミステリーというジャンルを読ませるにあたってそこまでのハンデにならないのかもしれません。
あとは、キャラが立ってないとダメでしょう。
古畑任三郎では、探偵も助手も犯人(毎回有名芸能人を起用)も全て特徴的で、これだけで十分魅力があります。
このマンガのキャラクター設定がトリッキーなのも、キャラ立てのための作戦なのでしょう。
全7巻。2013年完結。
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