【小説】『神前酔狂宴』―結婚披露宴は虚飾の遊び場だ!【文学】
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紙の本も読みなよ / A-key-Hit
『神前酔狂宴』古谷田奈月 / 河出書房新社
⇧2019年7月11日発売。
ハードカバーです。文庫版はまだありません。
<仕事に対する客観視>
愛社精神を持って働いている人は、今の日本にどれくらいいるのでしょうか。
ひと昔前の終身雇用制が常識的だった社会では、そういう人は多かったかもしれません。
勤めている会社の存続が自分の人生の安定につながるのだから、当然ともいえます。
しかし今では正社員だろうと終身雇用ではなくなりましたし、派遣社員ならば数年で契約が切れてその職場を去るのが普通の時代です。
つまり大抵の人が、今の仕事を一生続けるとは思っていないはずです。
そんな中でも愛社精神を持っている人は、かなり希少な存在といえます。
とはいえ、愛社精神が無くても、日本でサービス業に従事している方の仕事のクオリティは非常に高いです。
日本人には責任感が強くてマジメな人が多いからでしょうか。
良く言えばプロフェッショナル。
悪く言えば、「仕事だから」という大義名分さえ与えられれば、どんなに滑稽なことでも真剣にやってしまうということです。
自分の中に客観性を持ったまま、滑稽な作業をする分には問題ありません。
あえて仕事に酔っている演技をするのは、その場を丸く収めるため、物事を円滑に回すため、余計に悩まないために必要なこともあります。
しかし仕事の忙しさに飲まれて客観性や冷静さを失ったら、狭い世界のルールしか見えていない頭の固い人間になってしまいます。
「自分は今、客観的には変なことをやっている」と自覚できない状態になるということです。
自分の仕事を客観視できなくなって拘りが生まれると、職場や規則を神聖なものとして考える人も出て来ます。
愛社精神を持っている人ならなおさらです。
考えているだけならいいのですが、他人に強要しはじめると迷惑です。
この小説の主人公は、仕事に熱中しながらも、常に冷静な自分を忘れないように努めています。
そんな態度を上司からは評価されるものの、親しい同僚たちからは批判されてしまいます。
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<あらすじ>
主人公は高校を卒業して東京に出てきた青年・浜野。
彼は脚本を書き方を習うシナリオスクールに通いつつ、結婚披露宴のスタッフのアルバイトをしています。
特にやりたかったわけではなく、時給が高かったからその仕事を選んだだけです。
浜野はアルバイトを始めてからすぐに、披露宴には人間の救いがたい性質が潜んでいることに気付きます。
彼がまだ若かったので結婚や披露宴というものに現実感がなかったこともありますが、すべてが不自然で、目を見張るほど滑稽だと感じたのです。
どの新郎新婦も自分たちが決めた曲で大勢の前に入場し、自分たちで用意した一番立派な席に座り、自分たちで計画した通りの形式で祝福され、そのことに疑問を抱いていません。
彼らは自分たちが他の新郎新婦と判で押したように同じことをしていると気付いてはいるものの、それでも引出物袋に重いカタログを仕込んで招待客の荷物を重くし、イミテーションのケーキに大喜びで入刀します。
彼らはまた、自分たちは広くて格式高い会場を選び、そこのスタッフも精鋭ぞろいだと信じていましたが、実際はスタッフのほとんどは仕事に誇りを持っているわけでもなく、新郎新婦の幸せを特に願っているわけでもない、その日暮らしの非正規雇用者でした。
浜野はある日、虚飾の限りを尽くすことが結婚披露宴の本質なのだと確信し、
その日から、新郎新婦の愚かしさ、披露宴の滑稽さを限界まで高めることこそ自分の使命なのだと考えるようになりました。
つまりくだらないと思いながら、全力で働くことにしたのです。
一歩も二歩も引いた態度でいては、せっかくの茶番が台無しになるからです。
浜野はアルバイトの同期でもあり友人の梶と一緒に、仕事で成果を出して、最高額まで時給を上げる競争を始めました。
彼らの上司は二人の野心を気に入り、どんどん仕事を教えていきます。
浜野たちは仕事を覚えて徐々に出世していき、時給も上がっていきました。
年月が過ぎ、浜野は相変わらず真剣に仕事をしつつ、業界そのものを馬鹿にした視線で全体を眺めていました。
逆に梶は仕事を茶化すような態度をやめて本気でのめり込み、心や絆の重要性を説くようになりました。
二人はやがて話が合わなくなり、決裂します。
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<まとめ>
浜野はずっと正社員ではなく、登録した派遣会社から派遣されて、結婚披露宴のスタッフとして働いています。
浜野だけではなく、過半数以上のスタッフが派遣社員です。
派遣スタッフは契約が切れれば他の現場に行くことになります。
そんな環境では愛社精神など育つはずがないと思われるかもしれませんが、長年同じ職場で働いていると、自分も正社員と変わらないような気がしてきて、職場に思い入れや愛着がわくものです。
派遣社員という身分なのですが、派遣先の現場が自分の大切な居場所だと思い込んでしまうわけです。
浜野はそういう思い入れに流されません。
正社員でもない派遣スタッフの彼が誰よりも頑張っているのは滑稽さがありますが、彼はそれを自覚しています。
正社員ではないからこそ、披露宴に対して冷めた視線を持ち続けることが出来ているともいえます。
浜野は「所詮は遊びだ」というような感覚で仕事に取り組み続けます。
ゲームや芝居だからこそ遊び心で全力を出せるし、虚構だからこそ愚者を演じて夢中になれるわけです。
仕事の慣習や伝統の馬鹿らしさ・無意味さにうんざりして落ち込んで鬱になる前に、徹底的にそのくだらなさに乗っかって全力でふざけ倒してみるのも、人生を面白がるには必要なことかもしれません。
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