【ノンフィクション】『社会学者がニューヨークの地下経済に潜入してみた』—研究は命がけ
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『社会学者がニューヨークの地下経済に潜入してみた』スディール ヴェンカテッシュ / 訳:望月衛 / 東洋経済新報社
「科学的である」ということは「再現性がある」ということです。
僕には偏見があって、文系学部の分野は科学的ではないのでは?と思っています。
文学部はもちろん、経営学、経済学、社会学、心理学・・・ほか。
統計は使うのでしょうが、そんなのはデータを扱うどの学問でも使います。
京極堂シリーズで中禅寺秋彦が
「フロイトは科学ではない。文学だ」と言っていたのには成程と納得しました。
「科学的ではない」からといって「学問ではない」とは思いません。
つまり価値がない、意味がないとは思いません。
しかし、この本で著者が批判されているように、
うわべだけのデータ採取・アンケート収集で論文を書き散らかして出世して、何かを成し遂げた気になって、象牙の塔でふんぞり返っている学者もいるそうです。
そういった輩は「学問をしている」とすら思いません。
税金や助成金の無駄遣いです。
著者はシカゴでの実地調査による研究で業界内で名を上げて、ニューヨークにやってきます。今度はニューヨークの街で地下経済の研究をしようと。
コロンビア大学に移籍した著者は、ニューヨークの街をたゆたうように流れ、10年の歳月をかけて人々に話を聞いたり凄惨な状況を目にしていきます。
著者は、現場から距離をとっていては経済の裏の側面は見えてこないと考え、ヤクザ、売春婦、その元締めなどに頻繫に密着し、その生き方を観察していきます。
毎週のようにアメリカの経済指標が何かしら発表されていますが、それは表の経済のことであって裏の経済のことは計上されていません。一説には、裏の経済は経済全体の40%を占めているそうです。
地下経済を見ようとしなければ、それは真実が見えていないということになります。
グローバル化によって売春のシステムも変わってきたそうです。
昔は底辺の貧困層といわれる人たちが生活費のためにやっていたことだったのに、
今は中流層、上流層からの参入者もいて組織的なビジネスと化しているそう。
これは日本でも同じ気がします。
貧困層の相互扶助システムもシカゴとニューヨークでは全く違うらしいです。
警察や自治体がアテにならないのは同じですが、コミュニティの形成方法が異なっていて、著者がそれに気が付くまで結構時間がかかりました。
しかし地下経済に長いこと触れ続けたからこそ見つけられた真実。
実地調査をないがしろにして、テキトーなデータ収集しているだけの学者には知ることも理解することもできない事実を発見できました。
著者はけっこう命がけで、肉体的というよりも精神的にボロボロになっていきます。
ひどい状況にも目を背けずにそういった人々と長く過ごせば、現実のやりきれなさに絶望し、無力感も蓄積していき、どんどん沈んでいくのは当然かもしれません。
心を凍り付かせたままなら傷つかないかもしれませんが、そうしたら人々は彼を信用して多くを語ることはなかったはずです。
研究論文というよりもルポといった方がいいかもしれません。
10年かけた労作です。
お疲れ様でした。